matobaの備忘録

とあるプログラマーのブログ。ソフトウェア開発、執筆活動、ライフログ。

FeedlyというRSSリーダーを改めて使い始めた備忘録

Feedlyを入れた。

Feedlyは、RSSリーダーの一種。

今更、RSSリーダー?と思う人もいるのかもしれないけど、改めて戻ってきた。

feedly.com

理由

Twitterが自分の中で、うまく機能しなくなった

なんとなく最近、Twitterを眺めていると、同じようなツイートばかりが流れてくるような気がしている。

自分がフォローしている人が流したニュースではなく、誰かと誰かの議論が流れてくる。

僕が見たいのはそれではない感じだった。

ニュース記事が流れてくる場所を作りたかった。

新しい情報が流れてくる場所が欲しい

繰り返しになるけど、新しい情報、ニュース記事とか各社のブログとか、がいい感じに流れてくる場所が欲しかった。

新しい情報が流れる場所をフォローしておかないと、だんだんよくわからないことが増えていくな、という気持ちがある。

とは言えて、最近、よくわからないと思うことが多すぎるとも思うので、情報を過剰摂取しすぎないように注意してはいるのだけど。

いろんなブログ記事の更新をフォローしておきたい気持ちがあって、それをやるならRSSなのかな、と思って、RSSリーダーを入れた。

あんまりRSSリーダーを知らない

実はRSSリーダーをそんなに調べていない。

とりあえず、次の条件を満たすものを探したらFeedlyにたどり着いた。

  • Webブラウザで管理できる
  • スマホでも見れる
  • Firefoxに拡張がある

余談

他の人はどんなふうにして、情報を収集しているのだろう、と思っているけど、なかなか話をする機会がない。

Gitで変更したファイルを変更前に戻す

Gitで変更したファイルを変更前に戻すコマンドのメモ。

以下のようにrestoreを使う。

git restore <filename>

とりあえず git stash とかで変更を一時待避したり、 git checkout -- <filename> していることもあるのだけど、別に待避する必要がない時はあるし、restoreの方が明示的だと思うのでこっちを使っていきたい。

ちなみに、コミットする前のファイルの話なので、コミットしている場合は、 revert や push前なら reset --hard を検討することになるのかと思います。

忘れるために記録を書く。忘れたときのために記録を書く。

Twitterで以下のような話をした。

この話をした後にこんなことを思った。

何となく自分が記録という概念についてわかっていないこと、もしくは忘れているようなことがあるように感じた。

何となく最近の自分は、ブログを書くモチベーションが湧かなくなっていることが気になっていた。あと、voluntas さんのブログ(主に時雨堂関係の情報)を拝見した際に「この記事は、どういうモチベーションとか、どういうタイミングで書こうと考えたのだろう?」と思ったことがあった。(対象読者や主旨が想像できないけど、重要な情報が書かれていると感じることが多いので)

で、もう少し考えていると、自分の中で「記録」という概念の意味がぼんやりしていることに気づいた。

そこで、「記録とは何か」を辞書で調べていると次のページにたどり着いた。

kotobank.jp

気になったのは以下の点。

なお近代では,記録と文書の概念上の混用がみられ,文書課の保存資料を記録と呼ぶこともある。

後、次の話も気になる。

著作物である典籍や,おのれの意思・用件などを相手に伝える目的で書かれたものを文書(もんじよ)とよぶのに対し,原則として自己(近親者あるいは所属の機関なども含む)の備忘のため書きとめたものを記録といい,主として日記類がこれに該当する。

だんだんわかってきたのが、自分の中で「文書」と「記録」の境界がボケているということ。

以前は、文章を書くと言えば、ブログに書くことが多かった。そしてブログに書くことは、備忘録だった。自分が調べたことや学んだことをメモする場所がブログだった。

ただ、次第に自分の文章が誰かに読まれることを意識するようになると、記録というより文書の側面が強くなっていった。ブログの記事もある程度は、想定読者を考えつつ、文章や情報を整えることが増えた。要は、ブログの記事が文書化していった。

すると、だんだんブログが書きにくくなっていった。そもそも誰かに何かを伝えたい時にブログが最も適切な手段になることはそう多くないと思う。不特定多数が見る可能性のある場所に想定読者を設定して書くのは、なんか違うような気がしてしまう。

そういう話をいろいろ考えて、まとめると、自分が忘れるための記録を残すために書いてないからブログを書きにくいと感じるんだなあ、と思い始めた。また、自分以外の誰かが忘れた時や知りたいと思った時に参照するために記録を残していると考えると、ブログを書く理由が自分の中で腹落ちした。

というわけで、しばらくはブログの更新がなかったけど、改めてブログを更新していきたいと思ったところでした。

追伸:ついでに、ブログのタイトルは「matobaの備忘録」に変えました。

もっと素振りが上手くなりたい話

もっと素振りの回数を増やしていきたいな、ということを考えている。 考えたことについて、書きなぐってみようと思う。

まず、ここでいう「素振り」というのは何かを説明する。

ここでいう素振りというのは、毎日すぐに取りかかることができて、継続的に続けられること。 そして何より重要なのはスキルが磨かれること。そういうことを「素振り」と呼んでいる。

ギターだったら、クリック練とか運指のトレーニングとか、定型の進行についてのアドリブトレーニングとか。そういうもの。

バスケだったら、ランニングとかフットワークのトレーニング。自分の得意ポジションからのドライブの組み合わせとかそういうパターン化した動き。

ちなみに、なぜ、ギターとバスケの話が出てきたかというと、僕がギター経験者、バスケ経験者であって、当時はそういう定型的なトレーニングを楽しんで毎日やっていたということを思い出したから。

まあ何はともあれ、毎日続けられて、かつどんどん練度を上げることができる定型トレーニングが欲しい。 プログラミングについて、定型的なトレーニングが欲しい。

どうしてこういう話をしているかというと、僕はプログラミングの素振りが下手だなと思っているから。 プログラミングのスキルを継続的に磨いていきたいんだけど、最近はいざ手を動かそうと思っても「なぜ、プログラミングするのか」「なぜこれを作るのか」「本当に作るべきなのか」「このやり方がベストなのか、妥当なのか」「わざわざ作る必要はあるのか」みたいなことを頭をよぎってしまう。

いわば要件を定義したり設計について考えるのは大切といえば大切なんだけど、そういうことを考えていると、本当に自分がプログラミングしなきゃいけない課題ってすごく少ないように感じられてしまう。

問題を解決することを目的にすると、「本当はプログラミングなんてしない方がいいんじゃないか」という考えに引力が働く。めちゃくちゃ面白くない。楽しくない。

もっと手を動かしてとりあえずスキルを積み上げつつ、その過程を楽しんでいきたい、そのためにどうしたらいいんだろうな、とかそういうことをモヤモヤっと考えている。

他の人はどんな風にプログラミングの素振りをしてるんだろう、とかすごく興味があるので、この記事を読んだ方の素振りの方法を教えてくれれば幸いです。